ほっこりぱんだ堂

陶芸人形や消しゴムはんこ作りが大好きです。 私の作った作品をご紹介していきます。 「ほっこり」とした時間をお届け出来たら嬉しいです。


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ブログ用 154

これは息子が幼稚園の頃つくったキーホルダー!?
題は、「TVくん」

今日は息子のことについて話そう。

人生は時に、どうにもならない現実をつきつけてくる。
両親に愛され、特別不自由なこともなく、だいたいのことは自分の思い通りに生きてきた。
25歳で結婚し、半年後、待望の妊娠。
喜びもつかの間、ずっと出血がつづき絶対安静の毎日、妊娠6ヶ月でやっと出血が止まったと
思ったら、1ヶ月後羊水の水が少しづつ出てきてしまい緊急入院。
そして1ヵ月後、予定日より78日も早く1032gの息子を出産。
NICUに3ヶ月入院し、待ちに待った退院の日、先生から告げられた。
・・・・・足に障害がでるかもしれません・・・・
私は鉄の塊で頭を殴られたかのような衝撃をうけ、息子を抱きしめ家に帰った。
そのことは旦那以外のだれにも言わなかった。言ってしまうとそれが現実になってしまうから。
鉛を飲み込んでしまったかのような、
重い心のまま1年と半年が過ぎた・・・
・・・・・全く歩けない息子をこのままにしておくわけにはいかない。
やっと、少しづつ息子の障害を受け入れられるようになり、
足の訓練施設や色んな病院のリハビリに通い、幼稚園の時手術を受け、
おぼつかない足どりではあるが歩けるようになった。
小学校も悩んだ末、普通の近所の小学校に通わせることにし、
入学式の日から現在まで、私が教室まで送り迎えしている。
1年生の頃は1日教室の後ろにイスを用意してもらって一緒に授業を受けていたし、
今も夏のプールの時は付きそわなくてはならない。
最初の頃は大変だよと思っていたが、今では全く苦にならなくなった。
息子の学校での生活や同じ学年の子達のこともよく分かるからだ。
でもなにより私が感じているのは、同級生達のやさしさだ。
体育の着替えにほっときゃ10分もかかる息子の着替えを手伝ってくれたり、
移動教室の時、教科書や筆箱を持ってくれたり、外に出なくちゃいけない時
靴の脱ぎ履きを手伝ってくれたり、みんなそういう手助けをじつにサラリと当たり前のように
してくれる。私は何度この子達に救われたことだろう。
小さい頃からハンデキャプのある子と接していると、こんなにも当たり前のように
困っている人がいれば手伝える子になるんだね。
私も息子の足のことを聞かれれば、正直に事実を話してきた。
息子にも小さい頃から足のことを正直に話してきたし、全く恥じることも卑屈になることも
ないよと、話してきた。
おかげで息子は、足が少し不自由な自分というものを当たり前のように受け入れているようだ。
私もここまでくるのに、たくさんの色んな思いをしてきた。
正直に言うと、まだ私の心の中には鉛がある。今はちっちゃくて気づかないくらいだけど、
何かあるとすぐ大きくなってしまう。
きっとこの心の鉛はきえることはないだろう。
そしてこれからも色んなことがあるだろう。
でも、鉛が大きくなった時、私は自分に言い聞かせる。
・・・大丈夫、私がお母さんだから、大丈夫・・・・

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コメント
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2008/04/03(木) 00:16:06 | | #[ 編集]

私はお仕事で子どものアトリエをしているので…
今までたくさんのハンディを持つ子に会ってきました。
先天的な子から、後天的な場合の子など…
手足が不自由な子、お話が難しい子、コミュニケーションをとるのが難しい子など
アトリエを始めた当時は、自分が未熟なためどう対応したらいいのだろうと緊張してしまう時もちょっとはあったけど、最近ではそれもその子の個性と大きな気持ちを持てるようになってきたかな…
でも、子どもよりもお母さんの声をたくさん聞いているアトリエって感じです。
お母さんたちの心の声をいっぱい聞いてきました。
ぱんぷりちゃんは、しっかりと受け止めて、認めてあげてるから
明るい子に育ったんでしょうね~
学校の子どもたちにも感謝だね~
2008/04/03(木) 09:58:42 | |nao #fVQcm.vA[ 編集]
元気があればなんでもできる!!!
俺は怪我して両膝が悪いんです。小4の時、サッカーで左膝を痛めてボルトを入れ。18の時、今度は激しいスライディングを受け右ひざ靭帯損傷で半年松葉杖・・・20歳のとき約2年ぶりに小さなサッカー大会に出場して準優勝☆ フリーキックでの得点やアシストなどなかなか活躍しまして、この時から仲間内に「傷だらけのファンタジスタ」なんて素敵なネーミングをいただいたんです☆ 結局両膝とも完治することなく・・・特に右ひざはカクっと抜けるような感じになってしまうこともありますが(汗) それでも懲りずにサッカーやってます(笑) かなり落ち込んだときもありましたが、サッカーが好きでやめられません(汗) 歩けなくなる不安もありますが動けるときに動かないと自分の場合きっと後悔するんで・・・ 
2008/04/03(木) 10:19:12 | |subsixty #-[ 編集]
マダムnaoさん
そうだね~、認めて受け入れないと、何もはじまらないからね。
でも、結構その認める、受け入れるって大変だったな~。
私は周りの人の支えもあって、結構早く受け入れられたけど、
いつまでも、ずーっと受け入れられない人もいるんだよね。
そうすると、子供も親もつらいと思うんだけどね。
2008/04/03(木) 11:08:04 | |ぱんだぷりん #-[ 編集]
追加っ!!!
うちの坊ちゃんは、産まれて4日目「心臓の雑音が気になるから」とお医者さんに県立子供病院を紹介され検診に行き、心臓に壁がないのと、心臓から下半身に流れる動脈が細くなっていて心不全の状態にある事を聞かされ緊急手術・・・成功の喜びもつかの間・・・「心臓の疾患はダウン症の合併症で起こる割合がほとんどだから染色体の検査をしましょう」と言われるがままに検査・・・一ヵ月後検査結果はやはりダウン症・・・そして一歳の誕生日を待って今度は心臓の壁を作る手術・・・(左、右心室、左、右心房と心臓の中を4つに分ける壁が坊ちゃんにはなかったんです) この手術も無事成功☆小さな体で2度の大きな手術を乗り越えた彼もまた傷だらけのファンタジスタでした☆ 嫁が「かわいそうだから家で見る」と言った言葉を俺は押し切って保育園へ! そしたらやっぱりぱんちゃんとこと同じように周りの園児が世話してくれるんです(笑)なるべく子供は子供の世界で成長してほしい願いもあり・・・ 今年の夏で三歳になるんですが今のところ表情も豊かで愛想振りまきくり順調に育ってくれて最近歩きはじめました☆ けどダウン症は成長していかないと軽いか重いかわからないので、しゃべらなくなったり、表情がなくなる可能性とは常に背中合わせ!?
けど今は素直にてくてく歩く姿に喜びを隠せません(笑) ぱんちゃんの気持ちが俺にはわかりますよ。俺の心の中にも気づいてないというか気づかないようにしている何かがあるし・・・うちの坊ちゃんはおそらく50歳くらいまでしか生きられないでしょうけど短くても濃い人生を送ってもらいたいし、症状が重くなったらまたその時にどうするか考えようと思います!けど俺の血を引いてファンタジスタなんできっとこれからもいくつものミラクルを魅せてくれる事でしょう☆ 
2008/04/03(木) 11:15:15 | |From SubSixCity #-[ 編集]
subちゃん
そうだね、後悔する人生は送りたくないよね。
人生、生きてれば色々あるね。
楽しく、幸せな人生をおくれるかどうかは
自分次第!!
2008/04/03(木) 11:18:02 | |ぱんだぷりん #-[ 編集]
私もsubちゃん追加
ダウンちゃんはほんとみんな心臓の手術してるんだよね。
お友達にもダウンちゃんの子を持つママがたくさんいて、色々話を聞いてるけど
ほんとうに、みんながんばってて、私もいつも元気をもらってる。
ハンデをもつ子の親は、いろーんな思いがたくさん心の中でひしめきあってる
と思うけど、みんな子供を愛しているから、かけがえのない大切な我が子だから
大丈夫。子供からたくさんの素敵なものをもらっているからがんばれる。
subちゃんがお父さんだから大丈夫!
2008/04/03(木) 11:39:32 | |ぱんだぷりん #-[ 編集]

ぱんぷりちゃんもSubちゃんも強いね~

強い人はやさしい

だから…子どもも強くやさしくなるよ

今私のページにUPした私の友達Eちゃんも、強くてやさしいんだ~
彼女はもう直らない病気だけど、自分のことより人のことばっかり考えてて
すごく嬉しいおみやげもらったの
2008/04/03(木) 11:46:25 | |nao #fVQcm.vA[ 編集]
非公開でコメントをくれた方へ
コメントありがとう。
とっても、うれしかったです。
がんばるよ~!
2008/04/04(金) 14:26:20 | |ぱんだぷりん #-[ 編集]
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